書評もどきを書いてみる(5)(改訂版)
2001年2月1日『現代免疫物語
――花粉症や移植が教える生命の不思議――』
岸本忠三・中嶋彰著 日本経済新聞社
今から数百万年前に地球上に現れて以来、何度も疫病にさらされ続けた人類。数え切れないほどの病気や病原体から生命と健康を守ってこられたのは、免疫という生体防衛の営みが存在するお陰である。過去に遭遇した病原体を記憶して次の襲撃に備える能力を持っているため、一度かかった病気には二度とはかからない。こうして人間は二度目の「疫」病からは「免」れることができる。
しかし、様々な病原体から生命を守るはずの免疫が何故か人体に牙をむくこともある。花粉症やアトピー性皮膚炎に代表されるアレルギー、慢性関節リウマチや結核、そして臓器移植の最大の壁と言われる拒絶反応……これらは全て免疫の「暴走」である。
一方では病原体から人体を守り抜き、他方では人体を攻撃する。精密さとあいまいさの同居。本書ではこのように複雑な免疫の仕組みについて、最新の研究成果を織り交ぜつつ丁寧に解説している。
著者の一人、岸本氏は大阪大学の現総長。ノーベル賞候補の呼び声も高い免疫学の専門家である。こう書くと敷居が高い専門書のような印象を受けるかもしれないが、文体は平易で非常に分かりやすい。一般的な読者層を考慮して、基本的な専門用語にもきちんと解説をつけている著者の姿勢には好感が持てる。
ただし、本書では免疫に関わる具体的な物質名や反応経路について詳細に説明しているため、専門用語やアルファベットの略語が続出するのはやむを得ない。正直言って、高校程度の生物学の知識がないと読み進めるのは少し難しいかもしれない。
それでも専門用語さえ恐れなければこちらのもの。《免疫の世界は(中略)プロフェッショナルにもごくふつうの人にも、謎とミステリーに満ちた楽しく面白い世界だ》――まさに著者の言葉の通り。胸がドキドキするような、深淵で広大、不思議に満ちた免疫の世界を垣間見ることができるだろう。
日本や世界の科学者がどのように免疫の謎に迫り、そして解明していったのだろうか。本書には研究者たちの研究協力や国際競争に関するエピソードもふんだんに盛り込まれている。
盆も正月も返上して研究に没頭し、国内・国外を問わず多くのライバルと新発見を競い、互いに刺激し合う。時には盗用疑惑などの不祥事が起こることもある。精緻な免疫学と対を成すかのような人間模様が、全編を通して実に興味深く、効果的に語られている。
それぞれのエピソードは、輝くばかりの研究成果の背後に、数多くの知られざる地道な努力と熾烈な競争があることを我々に教えてくれる――そう、本書は免疫学の基礎研究に全身全霊を傾けた、気鋭の研究者たちの物語でもあるのだ。
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